メニューにジャンプコンテンツにジャンプ

第72号(2012年7月15日号)

目次

モハメド・アリ対ジョージ・フォアマン「キンシャサの奇跡」の背景は

質問

1974年10月30日に行われた,ボクシングタイトルマッチ「キンシャサの奇跡」(モハメド・アリ対ジョージ・フォアマン)に関して,試合の背景等が知りたい。

回答

1 試合の背景について記載のある図書は次のとおり。なお,【】内は当館請求記号。
資料1 トマス・ハウザー 小林勇次訳『モハメド・アリ』東京書籍, 1993【788.3/アム937】 pp.341-369
資料2 マイク・マークシー 藤永康政訳『モハメド・アリとその時代』未来社, 2001【788.3/アム01X】pp.422-442
資料3 田中茂朗『モハメド・アリ』メディアファクトリー, 1992【788.3/アム926】
注意:資料全体を通してアリの人生を語る中で,フォアマンとの対決について記述あり。

2 関連記事の掲載がある逐次刊行物は次のとおり。
注意:資料4-7の掲載期日は1974年(S49)10月30日から11月1日
資料4 『朝日新聞[東京]縮刷版』朝日新聞東京本社【PN071/ア】
資料5 『讀賣新聞』読売新聞社【PN071/ヨ】
資料6 『毎日新聞』毎日新聞社【PN071/マ】
資料7 『日刊スポーツ』[マイクロフィルム] 日本マイクロ写真【PN780/ニ】
資料8 『週刊朝日』朝日新聞社,第79巻50号, 1974【P051.6/シ】

3 参考資料
下記資料に記載はありませんでした。
資料9 ジェラルド・アーリー編 鈴木孝男訳『カリスマ』ベストセラーズ, 1999【788.3/アム997】
資料10 デイビッド・レムニック 佐々木純子訳『モハメド・アリ』TBSブリタニカ, 2001【788.3/アム019】
資料11 デイヴィス・ミラー 田栗美奈子訳『モハメド・アリの道』青山出版社, 1997【788.3/アム979】
資料12 ハワード・ビンガム写真 岩本正恵訳『モハメド・アリ聖者』リトル・モア, 1997【788.3/アム97Y】

回答日

2010年8月25日

↑目次にもどる

伊達家の家臣団「名掛衆」とは

質問

伊達家の家臣団に名掛衆というグループがあった。伊達家が仙台藩となる前,まだ福島に本拠地をおいていた頃の,名掛衆とはどのような性格のものだったのかがわかる資料を探している。

回答

以下の資料に記載があった。

資料1 仙台郷土研究会『仙台郷土研究』仙台郷土研究会, 復刊第16巻1号(通巻242号), 1987【PK201/セ】
p.58に「なかけぐみ〔名掛組〕」の項目がある。

資料2 小林清治「戦国大名下級家臣団の存在形態-伊達家名懸衆の研究-」『福島大学学芸部論集 社会科学』17巻1号, 1965【P051.1/フ】
pp.25-42 論文の冒頭部分,p.25に名懸衆について次の記述がある。
「(略)所帯侍というのは,伊達家から知行地を恩給安堵された正規の馬上侍である。これに対して所帯を持たずに伊達家と主従関係を結ぶ衆は概ね徒士であり,その大部分が「御名懸衆」である。名懸衆は伊達10代氏宗の世に「御名を懸けられ」て麾下に属したという伊達氏直属の徒士である。天正15年正月には12日300人,13日50人が,(略)米沢城に参賀している。(略)」

回答日

2009年9月25日

↑目次にもどる

ご利用にあたって

■レファレンス事例は,質問者のニーズ,サービス提供時の状況によって回答内容が異なる場合があります。事例はあくまで過去のサービスの記録であり,新しい情報源の登場により,内容が必ずしも適切でなくなることもあります。ご利用にあたっては,この性格を十分にご理解いただいた上で,有効にご活用ください。

注意:なお,この「レファレンス事例集」について無断転載はご遠慮ください。この事例集へのリンクを貼ることおよび図書館等でプリントアウトし活用することについて許諾は不要です。